自分の根っこ

最初に近況報告。

「くるみ割り」の編曲作業は、いよいよ最終コーナーを過ぎ、ゴール目指してまっしぐら!いよいよラストスパートです。

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さてさて、先日書いた、私の友人の命日の話題。私の性格からするとあのような書き方しか出来ないのですが、悪友(←これも親友とは書けない。照れる!)のS藤(こいつと一緒に、姿の見えなくなったM田を探しに行き、まるで何かに導かれるように、彼の車を郊外店の駐車場に見つけ、急病で倒れた彼を発見したのです。しかも、後で判ったのですが、倒れたのは私と別れてすぐ。寒河江まで私を送り届けた直後に急な発作で倒れたようでした)が、同じ日に書いたブログでは、すごく素直に「哀しみと彼に対する尊敬の気持」を表明しています。S藤らしいというか、彼はまた、この書き方しか出来ないのでしょう。

私は関西人だからというか、照れ屋だし、格式張るのが嫌いだし、最後に笑いがないとイラッと来るなど色々あって、他人から「真面目そう」に「シリアス」に見られる様なことは全て嫌いです。この事を時折S藤に怒られたりもしました。「茶化すな!うるさい」・・みたいな感じですが、正に「わざと茶化してるんやんか!」ってなもんで「なんで判ってくれへんねん」・・・という感覚。どうして彼と30年もの永きにわたって友人関係が保てているのか不思議なくらいです。もちろん「違う」から良いのだとも思いますが。

なぜこんなことを思ったかというと(もちろん以前からずっと感じてはいましたが)先日ケーブルテレビで見た関西ローカルのテレビ番組を見て、つくづく自分の「根っこ」みたいな物を思い知らされたからです。「探偵ナイトスクープ」という大阪制作の超人気番組で、笑いあり涙あり、20年以上続く長寿番組です。CATVで見たので、半年近く前に本放送があった物の再放送のようですが、東京在住の私には、初めて見る内容でした。3本あるネタのうち最も感動的で重厚なテーマが「レイテ島からの便り」と題された一本で、母の遺品を整理して出てきた手紙が、戦死した父親が母に向けて出したレイテ島からの便りだった。古くて殆ど読めないくらい保存も悪いハガキ(しかも鉛筆書き←しかし、これが後に功を奏する)だが、依頼者の母は大事に何度も読み返していた。この父は、依頼者が母のお腹の中にいることも知らずに戦死したのかもしれない様な状況だった。もちろん父とは会っていないし、確認する術もない。ただ、その手紙の中に「身重の妻へ」と読める部分がある様な気がする。亡き父が自分(依頼者)の事を知っていたのかどうかの確認がしたい。なんとかこの手紙を判読して欲しい・・という内容で、最終的に奈良の考古学研究所で、古文書を読むプロの技術を借りて判読に成功。亡き父は依頼者の誕生を知っていた!という涙と感動の作でした。スタジオ中が感動の涙に包まれ、私もテレビの前で落涙を禁じ得ず、感動している自分が恥ずかしくもある様な、しかし本当に素晴らしい内容でした。コンピューターなどの最新の技術は、こういう使われ方こそ正しいんだ!などということも考えさせられました。

さて!ここからが本題なのです。(前フリが長いな!いつものことですけど)バラエティー番組とはいえ、普通これだけの内容の作品があれば、番組の最後に持ってきて、感動の嵐の中、幕を閉じるような演出が一般的でしょ?と〜こ〜ろ〜が〜!この日の放送は、この感動の一本の後に、まあ、実にどーでもエーような、かる〜い笑いのネタで終わったんです。そして私には、それが実に心地良かったんです。感動した自分のことも、少し醒めてみる事が出来るし、何より「泣いて終わる」のはイヤやんか!

・・・で、ふと思ったのですね。これが私の感覚に実にピッタリ来るという事を。前出の仲の良い友人(北海道生まれ)との気持ちのギャップもこれで説明出来る。東京制作だったら、まず間違いなく涙で終わらせて、しかも照れないでしょう←制作者側も観客も。関西人は、最後にどーでもエーような軽い笑いで締めても誰も不思議に思わない、どころか心地良い。これって一生解りあえないかも。男性と女性も互いに絶対に解りあえない部分があると思っていますが、同じ日本人でも、東と西でこれだけ違うのです。そして私の根っこは確実に西の方にある。このブログだって、重たい話題の後には必ず軽いネタを持って来なければ気が済まないのは、まさにこの根っこのせいですね。

東京人は他人に物を自慢する時、どれだけ値段が高いかを話題の中心に持ってきて、大阪人はどれだけ安く買えたか、値切れたかを自慢の種にする・・・という話もあるけど、これも似た様な感覚だと思います。

・・・でも、これって私の職場には実に向いてない。皆、どれだけエー格好が出来るかを見せつけ、お客さんもある種それを楽しむ様な空気があるもんなあ。何せ、仕事着がエンビかタキシードの世界。オペラはほぼ悲劇のヒロインが死ぬシーンで終わるし、客席の涙が成功の証だもんなあ。お涙頂戴なんて簡単やん!なんて言うと叱られるか・・。私の企画がこちらでなかなか受け入れてもらえないのはそのせいもあるかも。関西以西で試してみたいもんやなあ・・。

2 Responses to “自分の根っこ”

  1. やちまう より:

    いやいや、それを関東でもひっくり返すのが西田さんのお仕事です!(笑)

  2. nishida より:

    やちまう 様
    コメントありがとうございます。
    あなたからこのような励ましがくるとは!もう少し頑張らないとね。
    矢印は諦めムードだったのですが、少し元気が出ました。

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