「私説 新版 音楽辞典」2

「お」

・落ちる:曲の進行の中で、自分が次にどこで演奏すれば良いのかわからなくなる事。長い休符(数小節〜数百小節←笑!TubaとPerc奏者だけ理解出来る)の間は、奏者はその小節数を数え続けるのだが、途中で数がわからなくなる事がある。拍子が変わったり、途中で曲の速度が変わったりすると陥りやすい。通常そのパートの一番若手奏者は責任を持って数える事を義務づけられる。ベテラン奏者から「今どこ?」と囁かれた際に「○×小節です」と即答出来なければならない(笑)また、若手奏者が落ちた時は(これがまた、周りはすぐにそれを察知してしまう!)彼の将来のために、周辺の奏者は彼をさらに混乱に追い込む事がある(爆笑)←具体的には、落ちた奏者は、演奏箇所が来た時にすぐに対応出来るように全く演奏に関係ない場所でも楽器を構えてしまう。それに気付いた同じパートの奏者達は、微妙に違う場所で皆で楽器を構え(管楽器の場合は)ブレスをとって(息を吸って)今にも吹きそうな構えで実際には音は出さない。落ちた若手はその手口にまんまと乗せられて、間違えたところで演奏を始めてしまう…ことがあるらしい。。。。。

・恩返し:恩を受けた人がそれに感謝して、助けてくれた人に酬いる事。(例)ヤマカズノオンガエシ:ある本番で、蝶ネクタイを忘れたヤマカズ氏が男性楽屋に現れて「どなたか2つ持ってらっしゃらない?」と訊ねたところ、当日のpicc担当のU氏がたまたま予備を持っていて貸す事になった。「このお礼は必ず」というヤマカズ氏にU氏は「先生、お気になさらずに」と言って本番開始。この日の演目はBeethoven Sym#9(いわゆる第九)であった。演奏終了後、ヤマカズ氏は真っ先に(全てのソリストを差し置いて)picc奏者を立たせて拍手を送った。オンガエシ…であろう。

「ひ」

・悲愴の銅鑼:P.I.Tchaikovsky作曲の交響曲第6番・悲愴には、全曲(約45分強の演奏時間)の中でたった1回(音符1つ)だけ銅鑼の響きがある。それもpp(最弱音)で。しかしこれが非常に効果的で、印象的な響きになる。このためだけに楽器と奏者を用意する。一般的には銅鑼のためだけに1名の打楽器奏者を割り当てる事はしないが、伝説に残っているガクタイの逸話としては、若手奏者を銅鑼のためだけに雇って演奏旅行(伝説では九州)に出かけた際に、その奏者は緊張のあまり叩く事が出来なくなり、彼は何もせずに演奏旅行から帰って来た…という笑い話もある。もう一つの伝説(これはホントの話)は、K先生の悲愴の銅鑼。NH某交響楽団の伝説の打楽器の名手(特にシンバルは名人芸)K先生(2011/10に残念ながら鬼籍に入られた)が現役時代の某本番。悲愴の銅鑼をきっかけにTrb/Tubaの4人の奏者はとても美しいコラールを演奏する。オーケストラの中でその時演奏するのは彼らだけである。そのため奏者は、その直前にはある種張りつめた緊張感を持って演奏の準備をしているものである。この日も当然そうであった筈。しかしその日は…銅鑼のきっかけで演奏を始めた4名は、もう一度銅鑼の響きを聴いてしまった…そう銅鑼が2回鳴った!!混乱した奏者は緊張感を欠き、その日の演奏会は酷いものになった。怒った彼らはすぐさまK氏のもとに走って詰め寄った。「コバヤシイイイ!!」その時のK先生の返しがすごい。「いやあ、一発目の音色があまり気に入らなかったからね。二つ目は良い音だっただろ?」全員怒りの持って行き場がなくなってすごすご引き返した…そうです。

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