ghostwriter

このブログにしては、ストレートなタイトルだなあ…笑

毎日毎日、大雪とオリンピックとさむらごうち。他にやることはないのかね。「ソチ・ソチ」とやかましいので「おぬし」とか言ってみたくなる…苦笑

それにしても「食には文化」があって良いな。食べることは、生きることに密接に結びつき、毎日実際に口にしたものを味わって=楽しんでいるのだから当然か。どこぞの割烹のオヤジやビストロのシェフの愚痴だって、ガクタイのそれよりはずっとましだよ! クラシック業界よりは、客の判断はしっかりしている。

件のさむら〜の話題の追い方を見ていると、音楽文化はやっぱりこの国には根付かないのだろうなあ、特にクラシック業界は…とがっかりする。Mず家の常連の一人にも言われたけど、あんなに感動したのにひどい、って言ったってあなたは何に感動したの?って逆に訊きかえしたくなる。もちろんそんなことは通じないと思って言わなかったけど。

そもそもこの「さむらごうち」って誰やねん! ここ3〜4年で売れた人のようで、私はご一緒したことはない。誰も噂すら聞いたことなく急に出てきて誰も怪しいって思わなかったの?ゴーストのにいがきって人は桐朋の先生として名前くらいは見たことあったような気がしたけど。さむらごうちなんて、こんな珍しい難読名字の人は、一発で名前を覚えてもらえるから、それだけでも他人より一歩得をしているのにねえ。なんで、嘘ついてまで売れたかったんだろう…よっぽど能力がないんだろうね。

そもそも、この話は2つの問題をはらんでいる。

一つ目はゴーストライターの是非。是非なんて言ったって、このシステムは昔からあるよ。業界内なら(外の人でもかな)誰でも知ってる。世界的作曲家のTM徹(さすがに伏せ字)氏が、売れる前の若い頃に、ある有名な演歌の作曲家のアトリエに属して流行歌のフレーズを作っていたのも有名だし、放送業界で不動の地位を確立しているS枝S彰も、彼の名前で出している作品の殆どが自身の作品ではないことなど枚挙にいとまがない。出版業界の有名な笑い話に、M本伊代ちゃんが自作エッセイの内容について質問されたときの答「えー!伊予もまだ読んでないから、よくワカンナイんですけどー」というのがあったね。笑 〆切りのある仕事を持ち、作品を量産しなくてはならなくなれば、こういうシステムが必要になるのだろう。逆に売れない同業者にとっては、自作を売り込み金にする良いシステムとも言える。なぜこのにいがきって人は、今になってこれを告白したのか…金を貰って作品を提供し、相手がそれを世に出すという事に納得していたからの関係だろうに。にいがきがルール違反じゃない? それとも支払いが滞ったか、金額のトラブル? ラーツをみたってにいがきよりはさむらごうちの方が売れそうな気もするし…←暴言! 私の考えとしては、ゴーストライターは、良いこととは思えないけど、そうしたい人がいるならそうしなさい…程度の話。オレならやらないね…とは思うけど。

2つ目の問題は、さむら〜を売り出した側の話。これは売れる、金儲けになると判断したやつがいたから、さむら〜は売れた筈。所属事務所が上手かったのか、とにかく売るための黒幕がいる筈。耳が聞こえない=ベートーベンなんて売り方は、まさにそれ!この手のブームには間違いなくそういうめざとい人がいる。そういえば、前述のSSは、 A川作曲賞にHIROSHIMAを推したらしいね。さすがに金儲けが上手い人は目のつけどころが違う!

ちなみに演奏したオーケストラ(CDのT響とかHIROSHIMAのH響とか)には責任はないと思う。仕事として成立すれば、なんだってやるよ。仕事も少ないことだし。楽譜があれば、それを音にするのは職人集団としてのオーケストラとしては当然のこと。その作品が良いか悪いかという判断はしない。個人的な好き嫌いはあったとしても…

こうして、たくさんのテレビ番組に取り上げられ、NHKは特集番組まで組んで持ち上げた。ここには責任はないのか? こいつらが皆で、さむら〜とその周辺に群がる輩を儲けさせ、結果的にはゴーストライターが必要な状況に追い込んだ。または、最初からこの方法で行こうと仕組ませた。

そもそも、受け手側もこういう話が大好き!だから売れた。障害を持った人を応援して良い人の気分になりたい←暴言2。今日はひどいな!でも、本音。

被爆2世が、天賦の才能だけを頼って、専門教育も受けずに自力で作曲家になって「HIROSHIMA」という交響曲を書く。これだけでも充分なのに、その上Beethovenと同じで聴力に障害がある。売れる要素満載!出来過ぎ!!こんなことを丸々信じるって、何か欠如してないか??

これまでも何度か書いたけど、障害を売り物にして仕事をするやつは嫌い。同じフィールドに立って、同等の能力があるなら、人一倍の敬意を払うに吝かではない。でも、障害分を甘えて、こちらと同じ…と言われても違うよ!としか言えない。逆にこちらも、相手に対して、健常者(この言い方もいやだね!)と、同じ態度で臨まないと失礼な扱いだと考えている。解って貰いにくいと思うけど… もちろん、普段の生活のシーンで目の見えない人に手を貸すことはする。そんな次元の話ではない。プロとして仕事をする時だけは、甘えられるのは嫌っていうだけの話。以前、S枝の事務所で売っていたT井君という目の見えないピアニストの少年もそういう売り方をしていたなあ。今はどうなのか…どこかのコンクールに通ったらしいから、少しは変わったか?でも、聞き手は、こういうお涙ちょうだい物語とともに才能を見せられると、ころっと騙される…が言い過ぎなら、点数が甘くなる。

先述のMず家の常連さんに訊こうとしたのも正にこれ。状況に感動したのか純粋に作品に感動したのか?作品に対する正しい判断をしていたとは思えない。これは別に今回の件に限らないか…我々送り手は、襟を正して精進して演奏しなければならないが、同時に、聞き手を育てる努力もしなくてはならない…桂B珍師匠もそう言うてはったなあ。あ〜あ…なんだか、自分が時間を割いて、こんなこと書いてること自体がいやになってきた。笑いどころもないし…あ、そうか!皆さん泣く方が好きだった。真面目な方が好きだったんだね。笑いとふざけたことの好きな私は退場。

 

 

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