米朝さん

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高松のホテルで桂米朝師匠の訃報を知った。

ずっと、表舞台からは退いておられたので気にはなっていた。まあ、そういうお歳だし…翌金曜日は大阪泊だったので、土曜朝のワイドショーで特集をやっていた。特別番組を予定しているとも。東京に帰ってからは、まったく話が出ない。まあ、しょうがないか…大阪人は新聞に「米朝会談」と出ていれば「ああ、米朝さんがなにかしはったんやな」と思うくらい、米朝さんと言えば、いやいや、落語家と言えば米朝さんだった。

何度か高座を見に行った。一番印象に残っているのは一番弟子・枝雀さんとの親子会。日本中にファンがいて、一番勢いのある頃の枝雀さん。客席は、どちらかといえば枝雀さん目当て。人気・知名度とも米朝さんより高いかも?と思える(東京での公演だったし)中、格の違いを見せつけられた。やられた!とも感じる位、語り口や声質からもう違う。人の心への伝え方、噺に入り込むというか、そうとは感じさせずにいつの間にか噺の世界に引き込まれている自分がいた。枝雀さんもとても面白くて魅力的(私も大ファンでした)なんだけれど、彼の噺はどちらかというと彼の噺の中に引きずり込まれていく感じ。気がついたら噺の世界にいるという米朝師のそれとは格段の差があった。二人を並べて一度に聴くとすぐにそれが解った。

六代目笑福亭松鶴師(鶴瓶の師匠)から言わせると「あんな学者みたいな噺おもんない!あんなん落語家ちゃう」になるのであるが(もちろん、二人はお互いに認めあっていて、キャラクターの違いは仲の悪さではなかったけど)、米朝さんだってもちろん落語家で、人間国宝やら文化勲章やらだけが彼の顔ではない。一番印象に残っているのは、芸妓さんの手を握るはなし。お茶屋さんで、自分についた芸妓さんの手を周りに気付かれないように握る方法で、なんとも色っぽいエッチなやり方だった。

2015年3月19日没…気がつけば、翌月の月命日は、一番弟子(不思議な兄弟子の月亭可朝を除いて)で先に逝った桂枝雀師の祥月命日に当たる。なんだか仲良しだなあ…

合掌