66回目の…

昨日は終戦…いや敗戦記念日でした。

そもそも、「敗戦」を「終戦」とかって言い換えるのはいややなあ!日本人は全部こういう言い換えで誤摩化そうとするね。昔からもそうやし、今もそうや。

本当は、昨日の内にこれを書き上げてアップするつもりが、なんだかまとまらなくなり…

1945年(昭和20年)の8月15日、もちろん私は「戦争を知らない〜」世代です。生まれる14年も前なので、この日に対しては何の思い入れもないのですが、祖父母や両親から戦争の話を聞いている最後の世代かもしれません。生まれた頃の家には米穀通帳など、戦時中〜戦後の遺品とも呼べるものがまだありました。

子供の頃は(当然かもしれませんが)あまり興味もなかったけれど、それでも、祖父母や両親の戦争中の話はよく覚えています。大人になってからは、色々本を読んで調べるようにもなりました。特に私の好きなK林N彦…ま!いーか、小林信彦氏という作家の作品から、しっくり来なかった様々な事情が判りました。この人は私の父と同い年で(そもそもファンになった頃にはそんな意識はなかったのですが)自分の父と息子(私)は、お互い照れもあって、あまり突っ込んだ話はしなかったのですが、父の同級生の氏が語る戦争体験や終戦時の状況は「なるほど!だからウチのオヤジはああいう考え方だったのか」と思い当たる事がたくさんあり、私にとっては興味深い作品が多かった。

敗戦当時の混乱、特に、当時、中・高生だった感受性の強い世代の彼らの受けたショックはひどいものだったでしょう。昨日までと180度正反対の価値観を、たった1日で味わうなんて、どれほどのショックだっただろうか。米・英は鬼畜と呼ばれ憎むべき敵だったのが、たった1日で「アメリカは文化の泉」になり、全てをアメリカに学べと言われたかと思うと今度は朝鮮戦争…。日本は軍事力を持つなと言ったアメリカが自衛隊を作れと言ってくる。しかもこれらが全て(特に子供にとっては)教育に絡んで来る。つまりは先生(と呼ばれる人達)が、子供の心に植え付けていくのだから。混乱もするよな。

私はその後のベトナム戦争から記憶に残っている世代ですが、私の中では、アメリカは常に戦争をしている国。まあ、もちろん戦争=儲かるからだろうけど。←これは、かなり大雑把な危険な言い回しだけど、多分正解。

日本人はこういう事を「後世に伝える」事が下手な民族ですなあ。アッサリしているのかなんだか。

子供の頃の14年はとてつもない長さ、だからこそ8.15に対しては何の思い入れもないけど、でも現在から思えば、私も敗戦から少しして生まれた事になる。そして、最後かもしれない「戦争を実体験として来た人達の話を聞けた」世代。この話を聞いたからこそ、本当に人と人とが殺し合う戦争を悪い事だと思った。だって自分の伯父等の知っている人達(それも、私にとっては親戚の優しいオジさん達が)が、殺し合いの場所に行ってるのだから!

為政者の手で戦争に駆り立てられる国民(それも情報操作でミスリードされていく。戦時中だって「大本営発表」でこれが続く)であってはならないから、民主主義が本当に必要だと思った。もちろん実際にそれで戦争を体験した人達は、もっと強くそれを感じた事だろう。

少し前にも書いた「戦争に突入する頃の日本の政治と今の政局が似ているらしい」話。当時は、政治家は信用ならんと思った民衆がまだこちらの方がまし!と、軍部を信用するに至ったらしい。それで軍部主導で戦争に突入してしまう事になる。

現在のどうしようもない政治家達(民主党と菅内閣だけではないよ!)に、震災の復興と原発処理が出来ない事・任せられない事を、日本の復興&再生を急ぐと共に、きちんと後世に伝えていく事も我々大人の役割だな。自然災害が戦災と同じ位の爪痕を残しているのに、具体策を持って救済しない…どころか、だれもそれに対して立ち上がらない「政治」なんてあってはならない。もちろん原発情報の「大本営発表」(←この部分は現代でもちっとも変わってないよ!)も信用してはいけないことも。

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