「私説 新版 音楽辞典」3

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「い」

イタズラ:演奏中はかなりの集中力と緊張感を持って仕事にあたるオーケストラの奏者は、その反動からかしばしばイタズラをして楽しむ事がある。そのイタズラは、基本的に演奏の最中で止めることの出来ないシチュエーションで行われ、かつ音楽的には問題なく曲が進行するように考えて仕掛けられる。楽譜のページをめくった途端に色っぽい女性の写真が現れる…それも大事なソロの直前で!これはその奏者の心理的強さを向上させる事に役立ったりもする!? 私の出会った一番素敵なイタズラは、子供向けコンサートでのレオポルドモーツァルト(有名なW.A.モーツァルトの父)作曲の「オモチャのシンフォニー」の演奏中の出来事。打楽器奏者が水笛を担当しており、この水の入った容器に誰かがシャンプーを少量垂らしておいた。水笛を鳴らすと水からはブクブクと盛んに泡が立ち上り、しかし奏者は止めることができない。水笛の音色は問題なく演奏にも影響せず、でも、手から床にかけては泡だらけ!子供達はシャボン玉を見ているようで喜ぶし、我々は困り果てた同僚の顔をみて大笑い。こういうイタズラはなかなか良い!

「か」

ガクタイ:オーケストラ奏者の事。オケマンなどとも言うが女性もいるし…新聞記者が「ブンヤ」、刑事が「デカ」などと言うのと同じで、主に自分達を指して「ある種の誇り」を持って、あえて少し蔑称を用いてこのように呼ぶ。だから、自分達で「オレたちガクタイが…」というのは何でもないが、他人から「だから、あんた達ガクタイは…」的な発言をされたら、確実に喧嘩になる。

「し」

指揮者とオーケストラ奏者の関係:共に一つの音楽を創りあげる仲間であり協力者でもある。さらにはお互いに尊敬出来る音楽家同士である…筈だが、これはある種のタテマエであり、微妙な空気の元にある種の見えない溝があるのもまた事実である。(但し、この例に当てはまらない良好な関係の指揮者とオーケストラが=ごく僅かな例ではあるが=存在する場合もあり得る…←なんて持って回った言い回し!)この関係を端的に表したのが次のジョークであろう。「問:指揮者とコンドームの共通点を挙げよ。答:あると安心だが気持ち良くない」(笑)

「と」

トラ:エキストラ奏者の事。そこのオーケストラに在籍していない人が、編成の問題などで欠員の補充のために演奏を手伝う場合にこう呼ばれる。そこの楽団に必ず呼ばれるエキストラ奏者は「常トラ」等とも呼ばれる。映画の場合「エキストラ」は、例えばロケ地の住民など素人が出演する場合に使われるが、オーケストラのエキストラ奏者は必ずプロであり、即戦力になる人しか呼ばれない。もう一つ、若い奏者が実際の本番で役立つか見極めるため、または実戦での経験を積ませて育てるために先輩がエキストラを入れる事もある。若い奏者にとってはこの世界への登竜門とも言える。

「の」

乗り番・降り番:オーケストラのプログラムによっては、そこに在籍する全メンバーが必要ない事がしばしば起こる。例えば、一般的にはバッハやモーツァルトなどの古い時代の作品は編成が小さい事が多く、近・現代の作品は大編成の楽曲が多い。トロンボーンやチューバなどの楽器はモーツァルトの作品では不要な事が多々ある。さらに、小編成のオーケストラは管楽器のみならず弦楽器の人数も少なくても良い事が多い。また、在籍人数が多い大規模なオーケストラでは、その全員が一つのコンサートに出演する必要がない事もある。こういう必要にかられての休演奏者を「降り番」と呼び、逆に演奏に参加する奏者を「乗り番」という。

「ひ」

ビオラ(viola):ヴァイオリン族(ちなみに近代オーケストラの弦楽器群ではコントラバスのみがヴィオール族とされている)の弦楽器の一種。フランスではaltoドイツではbratscheとも呼ぶ。ヴァイオリンとほぼ同じ構造・形状で奏法も同じ(顎の下に挿んで演奏し、弓で擦弦または指で弾いて発音する)であるが、低い音域を担当するため一回り大きな楽器(特に厚み部分)となっている。華やかなヴァイオリンに比べ、合奏では中音域を担当するため陰の存在として扱われる事が多く、また元々ヴァイオリン弾きがヴィオラ奏者に転向する事も多く、そこには都落ち的なニュアンスがつきまとう。そのため何かと自虐的な笑い話の対象となり、長年「ビオラジョーク」としてたくさんの笑いを我々に提供してくれている。有名な例では「問:ヴァイオリンよりヴィオラの方が優れている点を挙げよ。答:ヴィオラの方が長く燃える」「問:大切なヴァイオリンを盗まれない方法は?答:ヴィオラのケースに入れて保管する」「問:車の見えやすいところにヴィオラのケースをおいておくのはなぜ?答:身体障害者用の駐車場を利用する事が出来るから」「問:砂漠で遭難した時に、オアシスと良いヴィオラ奏者と悪いヴィオラ奏者が見えた。どれがホンモノ?答:悪いヴィオラ奏者。なぜならそれ以外は存在しないモノなので幻に決まっている」…等々。他の例を知りたければ、WEBで「ヴィオラジョーク」「びよらじょーく」などの語で検索すればたくさんヒットするでしょう。

「ほ」

ホルン:金管楽器の一種。歴史的には狩猟時の合図やアルプホルンのように山中での合図のやり取りに使われた角笛などが起源の楽器。オーケストラでの使用例もかなり古くからあり、バッハのブランデンブルグ協奏曲(第1番)でも活躍している。バルブ発明前の金管楽器(ラッパの仲間)は倍音のみしか出ないため、音階を演奏出来ないのが当然であったが、ホルンのみは右手で管の出口を塞ぐなどの奏法(ゲシュトップ奏法)で、便宜的に音階を演奏する事が可能であったため、なおさら作曲家は作品の中で重要な役割を与えた。ホルンの首席奏者はそのオーケストラの顔ともいえる重要なポジションである。演奏も技術的にたいへん難しいため、髪の毛の不自由な奏者の割合がオーボエとともに高いパートでもある。音域もたいへん広く一般的には高音域と低音域を担当する奏者に分けて採用される。ホルン奏者は変わり者のガクタイの中でも変人が多い事で知られる。休憩時の食事はホルン奏者同士で群れをなす事が多く、そこで交わされる会話の内容は「ホルンについて」である事が多い(笑)。(関連)軍楽隊のホルン吹の話(作:FるたGざえもん氏):あるアメリカの軍楽隊のホルン奏者が、自分も音楽家としてホルンを演奏するのなら、一度は本場のヨーロッパのオーケストラで演奏してみたいものだと考え「Das Orchester」(ヨーロッパのオーケストラ専門誌。採用情報なども掲載される)で見つけた、小さな田舎町のオーケストラのオーディションに臨んだ。試験官でもある指揮者に「さあ、いつも通りに演奏して下さい」と促され彼が吹いたのは「・pa・pa・pa・pa」と後打ちを演奏(軍楽隊での主な演奏曲は行進曲で、ホルンは殆どこの後打を担当している)「いやいや…」と指揮者。「そうではなくもっと技術的に高いものを」と促された彼は「・pa・pa・pakapappa・pa・pa・pakapappa」。「いやそうではなく、もっと音楽的に高度なものを」「・pa・pa・pakapappa・pa・pa・pa〜la〜la」(これは全てありがちな行進曲でのホルンのパートである)。困った指揮者は「君もホルン奏者ならシュトラウスを知っているだろう?」「はい、知っております!」「最初からそれを演ってくれれば良いんだよ。シュトラウス(Richard Strauss:有名なホルン協奏曲が2曲もある!)を聴かせてくれたまえ」と促されて彼が吹いたのは…「・pa pa・pa pa」ウィンナワルツで有名なJohan Straussのワルツにありがちなホルンの後打(3拍子の2・3拍目)であった(笑)さらに高度なオチとして「pa〜la〜la」以外は全て同じEsの音(ミの♭:これも軍楽隊のという前提をよくご存知の方は爆笑の筈)であった。

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